2011年1月28日金曜日

ゲリラ戦なんだよね

せっかく気軽に思ったことを書ける場所としてこのブログを立ち上げたのだから、今年はもっと頻繁に更新したいと思う。
と言っても既に1月も終わりだが(笑)
文章を書くのは好きだし、精神衛生上も非常に良い。
おまけに数は少ないが読者からの反応によって自分の思考を再考する機会も与えられる。
めんどくさがっていたり恥ずかしがっていたりしては勿体無い。ことは分かっている。

さて、最近参加したCDがかなり売れている様子である。
元々あまり聴かない、好きではないジャンルの音楽だったが、少々勉強してやってみた。
手を抜いたつもりはないが、何しろ専門外、付け焼刃みたいなものである。
それが売れているというのは、自分だけで作ったのではないとは言え、少々複雑な気分だ。
そりゃ嬉しくないこともない。
だが、やっぱりこういうのがみんな好きなのね〜と、自身との嗜好の違いに改めて気付かされ、自分で作ったくせに問題を感じてしまう。

あれが売れるのは、簡単に言うと「分かりやすい」からだ。
馴染み深いヒット曲を集め、パーティーを興ざめさせるような意味深な展開もなく、はっきりとしたクライマックスも親切に用意されている。
自分のようなひねくれ者にとっては何の引っ掛かりもなくて退屈な気がするし、「ハイ、来ますよ来ますよ、キタ〜!!!」というクライマックスにしても、「そこまで言われなくても分かるわ!」とピシッと言ってやりたくなるのだが、言う相手が自分なので意味が分からない。

これが創作の苦悩というものなのだろうか。
という大層なものではもちろん全然なく、単に「自分の趣味は偏っている」というだけのことである。
おそらくほとんどのクリエイターはそうだと思うが、好きなものを追求すればするほど、在り来たりのものではなく、より濃いもの、ごく狭い範囲の需要に向けて作られたものを好むようになる。
大多数に向けて作られたものは、色んな人の好みの最大公約数みたいなものだから、濃い部分は篩の上に残ってしまい、下に落ちるのは薄くなってしまって当たり前なのだ。
もちろん中には、一般にもマニアにも受け入れられる作品というのもあろう。
だが、自分にとってかけがえのない作品というのはそれとは違って、自分だけに向けて作られたと見紛うような、ひっそりとしたものでなくてはならない、と思うのは私だけではない筈だ。

しかし、である。
ここまでの話をひっくり返すようだが、クリエイター自身がそういうひっそりとした作品を作ろうとしてはならないと思う。
どこかにそのひっそりとした作品を待っているありがたいファンがいるとしよう。
だが最初から彼にピンポイントで向けて作られた作品は、他の人にアピールする可能性が当然低いので、そんなものにお金をかけてプロモーション・流通してくれるような酔狂な人と出会える可能性も低く、従って彼の元に届くことはない。
そこで我々が出来ることは、自分がよいと思える音楽のエキスを、目の前の仕事の中にいかに封じ込めるかを考え、隙があればそのエキスの割合を少しずつ濃くしていき、あわよくばほぼ原液のまま提供したりして、いつの間にか中毒患者を日本中に増やすということではなかろうか。

3 コメント :

mr.T さんのコメント...

まず、今更なコメントですまん。



言ってる事はわかる。
でも、俺は必ずしもそうではないと思うんだよね。

じゃあ、プレミアが一般にもアピールする事を狙って音楽を作っているのか(勿論"マス・アピール"という曲があるくらいだから考えているかもしれんが、あの"マス・アピール"という曲が一般大衆に受け入れられるのかといえば、まったく受け入れられる要素はないと思う)?
ピート・ロックやラージ教授がそうなのか?
もっといえば、もっとアンダーグラウンドな人達、J・ロウルズやファット・ジョン、M.F.DOOMがそんな事を考えてつくっているのか?
マッドリブやカンキックに至ってはおそらく、まったくそういう事は頭の隅っこにさえないだろう。

日本でものすごく評価されていて、一見すごく売れている様なアーティストでも、アシェルは中学校教師、J・ロウルズは小学校の教師、OPUSに至っては工場労働者である(完全なブルーカラーなんだよ)。
もうかなり昔の話だが、デラ・ソウルやジャンブラがかなり売れてた時期でも彼らはバイトをしていたという話も聞いた事がある。
M・F・DOOMのインタヴューを以前ある雑誌で読んだが、「あなたは何故あれほど大量の作品をリリースするのですか?」という問いに関して「子供を食わせる為だ」と答えていた。

その一方でウイル・アイ・アムみたいな人がいるのも事実だ。

要は人それぞれの考え方だと思うが、まず、商業主義的な(言い方は悪いがね)事をやったアーティストには、そういうイメージがいつまでもつきまとうと思う。
例えば、ヴォルタ・マスターズがきわめて我々の様な人間の好み・傾向に合うアルバムを作ったとする。
その時に、我々の様な人間が、「ヴォルタってちゃんとやればカッコいいね」ってなるかというと、我々の様な人間の大多数はならないと思う。
「実はかっこいいね」ってなるのは残念ながらごく少数の寛容な人達でしかないと思う。
もっと極端な話をすると、古すぎて申し訳ないが、MCハマーやヴァニラ・アイスが例えば、ひじょうにドープ(この言葉自体古いの?)な作品を今リリースしたとする。
しかし、それに振り向く人間はごく少数の寛容な人や物好きな人間だけだと思うんだよね。
ぶっちゃけ、ほとんどいないと思う。

まあ、TNPがどういうスタンスでやっているかというのは俺もある程度は知っているつもりだし(名前を変えているとかね)、様々な音楽が好きな事も知っているし、まあ、考え方にも一理あるとは思うのだが、君は音楽で生計をたてていきたいのか?
それとも、音楽で生計をたてなくてもいいが、自分の信じる音楽を作品として発表して、そういう音楽を理解してくれる人々のプロップスを受けたいのか?

まあ、音楽だけで食っていくのはたしかに理想かもしれないが、そうなると、ウイル・アイ・アムになるしかないんじゃないかな。

と、いいつつも、ミツ・ザ・ビーツやシンスキー、グルーブ・マン・スポットなどはもしかしたら音楽だけで食っているのかもしれない。
しかし、やはり作品だけでは食えてないんじゃないかな?
彼らはDJでもあるんで、その収入もあって食っているんではないか?
また、ミツやコージの場合、ひじょうに小規模なインディーレーベルから(ジャジスポね。またエンブルにいたってはコージとユウジの完全自主レーベルだからね)、メジャーなみの全国への(また世界への)流通をしているので、その上がりが高いというのもあるのかもしれない(メジャーレーベルや事務所にピンハネされないという)。
そして、彼らの場合自分の好きな音楽を追究しているのにも関わらず完全に時代の空気とマッチしてしまっているというのもあるだろう(一般大衆がという事ではなく、いわゆるメインストリームを聴かない俺の様な人間が好きな音を彼らがやっていて、やはり俺の様にそういう音を求めている人間がHIPHOPという狭いサークルの中にでさえ、たくさんいたという事。そして、完全なる妥協のないHIPHOPを作っているにも関わらず、B-BOY以外の一部の人達にもそのカッコよさを認めさせてしまったという事)。

ハウスでいったら、大沢伸一や滝見けんじなんかも、そうだろう。
いくら売れているといっても、作品の売り上げだけでは食っていけてないだろうね。
むしろDJで食っているのだろう(と思う)。
俺が、嫌いなオルガンやルーム、サバービア周辺の(所謂昔でいうところの渋谷系)連中にいたっては完全にそうだろう。
例えば、サバービアの橋本にいたっては、今迄散々やってきたが、おそらく、権利が異常に安い過去のアーティストの楽曲をもってきて、フリーソウルとかなんとかかんとかとか、その時代時代にあった適当な名前をつけて、自らの雑誌で紹介し、さもそれがあたかもおしゃれなものであるかの様に打ち出し、コンピCDやDJをリリースしてバカな奴ら(失礼な言い方だね)を相手にボロ儲けするというパターンだし(ビジネスマンとしてはやり手だろうけどね。確実に)。
自分で、作品を作ってさえいない。
俺的にはその辺の奴らは大っ嫌いなんだがね。

で、何が言いたいのかと言うと、なんだかよくわかんないね。

いや、俺の意見としては、一般大衆に迎合するより、ヘッズの為に完成度の異常に高い作品を作って、それで売れるという方がいいんじゃねって事だね。
勿論当たり前の話だが(それは興味のない一般大衆向けの作品を作る場合も同様だが)、完成度の高いかっこいい作品を作る事だね。重要なのは。
それができれば、自分の本当に追求したい作品をつくってもヘッズはついてくると思うんだけどね。
食えるか、食えないかはまた別な問題だが、おそらく、自分の好きな音楽を追究して作品を発表して、それだけで食ってる人ってほぼいないだろうね。
だからって、好きでもない商業音楽を作って食いつなぐというのもどうかとは俺的には思うんだがね(この辺批判ではないんで誤解の無い様に。あくまでも俺個人の考え)。
クレバやシーモでいいのか?っていうね。


つうか、俺は何を長々と書いているんだ。

mr.T さんのコメント...

つうか、本文よりコメントの方が長いっていう。
うざいね。俺は。

TNP さんのコメント...

今更コメントに気付いたよ!
いやあ、深いね。長いね。面白いね。
ありがたいよ。

オレが直接聞いたミュージシャンの中では、自分が好きなことだけやって食ってるやつはやっぱりいない。
今回のように好きじゃない音楽作ったり、それこそありきたりのフリーソウルかけるような営業DJをしたり、音楽以外の仕事をしたり、あるいは実家とか。
確実にペイ出来るような一部のアーティストは別として、普通はCDもDJもクライアントありきなんで、結局金を出す方に最終決定権がある。(で、殆どの場合は納得いかない決定を下される。)
つまり、完全自主制作とか、自分でオーガナイズしたイベントじゃない限り、なかなか自分自身が最高!と思えるものを出すのは難しい。
運良く恵まれた出会いがあって、好きにやっていいと言われることも世の中にはあるのだろうが、少なくともオレは今まで音楽やってきてそんな人に会ったことはない。

結論としては、mr.Tが言うように圧倒的にすごい作品を作って、変な手が入らないままリリースされる確率を高めるか(あくまで確率だが)、もっと確実にやるなら自分で出すかしかないのだろう。
でもそれでも、それだけでは食っていけないよね。現実的に。
自分で出すなら決して少なくない金を貯めなければならないし。
そして、1枚出したら次を出す前に、また最初から金を貯めなければならない。
じゃあどうやって稼ぐか…と最初のジレンマに戻るわけだ。
オレはDJじゃないから、選択肢は

1. やっぱり好きじゃない音楽を作る。
2. 安定した職業に就き、週末に音楽をやる。
3. 札幌に帰る。

になるんだけど、3番は今のところ考えていないので、1番の妥協をしないなら後は2番しかない。
でも今までもそこそこ安定して働いてたし、もっといい仕事もないかと結構前から探している。
ところが、なかなかうまくいってないので、1番も魂を売らない程度に併用しているというのが現状なのです。
おれのやりたい音楽は金がかかる。
もう自分のことだけ考えていればいい歳でもないので、音楽以外でもかかる。
そりゃもっと稼げるようになれば、つまらん音楽の仕事はしないよ。
まあ、幾らくれてもクレバやシーモみたいなことはやれないけど。

あ、あと外国にいくというのもあるかも。
もっと音楽が大事にされているという話をよく聞くので。
ひとつの夢だね。

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