もう1つの理由は宗教だ。
僕の家は浄土真宗だった筈だが、平均的な日本人よろしく信心深い訳でもないし、無宗教に近いであろう。
しかしこんな日本にも、「信じている」人は意外といるものだ。
バンドの中心人物が、とある宗教に骨の髄まで浸かっていた。
そして僕に同じ信仰を強要した。
本人はただ自分が良いと思うモノを勧めたつもりだろうが、とても迷惑だった。
本を貸してくれたり、自分でも調べたりしたが、良いと思うどころか、余りに排他的な内容に呆れた。
向こうは向こうで、いくら言っても全く興味を持たない僕に腹を立てていった。
「私の音楽を認めるのに、何故それが生まれた背景を見ようととしないのか」ということを言われた。
音楽が生まれた背景なんてどうでもいいよ。
自分の曲だって、原料が何かなんて考えたこともない。
今まで聴いて来た音楽とか、音楽以外の体験とか、様々な影響は確かにある。
でも気に入った曲が出来たときは、不思議と自分で作った気がしないものだ。
演奏も同じ。
いいプレイが出来るときというのは、自分が演奏しているんじゃなくて、自分の演奏を聴いている感じ。
特別に信仰がなくても、創作とはそういうものなんだよ。
そもそも音楽のいいところは、信仰や人種や言葉、思想の違いを超えて感動を与えるところだと思っている。
だからこそ、ただいい音楽を作ろう、という気持ちだけでやりたかった。
せっかく音楽という素敵な共通言語があるのに、何故それだけではダメなのか。
性格が最悪なやつでも、演奏は素晴らしいという人間はたくさんいる。
普段話している分では全く合わないなと思う人間の音楽に、シンパシーを感じることもある。
長い時間話しても分からなかった彼の人間性を5分間で窺い知ることが出来る。
ある音楽は、宗教的とか哲学的と例えられることもあるが、あくまでも比喩に過ぎず、実際に音で体系的な思想を表現するのは困難だと思う。
音楽が表現するのは感情であり、言葉になる前の思考のイメージだ。
言葉でアウトプットした途端にどこか違うものになってしまうイメージを、裸のまま伝達する。
それをわざわざ誰かと同じ色にする必要は無いと思うのだ。
2 コメント :
宗教の押しつけの話は前から聞いていたから、いずれはこうなるんじゃないかと思っていたが、やはりそうなりましたか。
自分の本当にやりたい事をやるためっていうのはいい事だと思う。
俺も売れてるものがいいものだとは思わないし(いいものもたくさんある事は事実だが)、たとえ売れなくても自分の本当にやりたい事を貫き通してる奴らが本当にかっこいいと思うんで前向きな行動だと思う(基本としてほんとにかっこいい事を貫いてないとどうしようもないが...。いくら信念があってもそれがダサイ事だったらどうしようもない...売れない上に評価もされない。そういう奴ら多いから)。
とは言え、ある程度売れなければ次が続かないし、そのためには売り方を知っている人間の助言が必要だよね。
商売とアートのバランスを取る人というか。
問題は、助言をくれる人が自分のアートを認めてくれる人ばかりではないということ。
これ位はいいだろうと譲歩しているうちにいつの間にか、魂まで切り売りをしていたりする。
音楽に「やってはいけないこと」はないと思うし、 売れた方がいいに決まっているが、売れる=いい音楽ではない。
当たり前のようだが、実際そう思っていない業界人も多い。
確かに、売れない上に評価もされない音楽はちょっとね。
今の時代は、どんなレベルが低くても、お金さえ出せばクラブやライブハウスに出演できる。
もっとお金があればCDだって出せる。
配信に至っては、タダで出来てしまう。
リスナーにとって、優れた音楽を探し当てるのがどんなに難しくなってきていることか。
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