2010年9月15日水曜日

音楽は大事にしないとね

実は少し前から、転職活動中である。

今の仕事は忙しくないのはいいが、何しろ安月給が心許ない。
また、最近は仕事内容もバカバカしさに拍車がかかってきた。
それに、低俗な上司ともいつまで大人の対応が出来るか自信がない。
という訳で、収入アップ・やりがいアップ・クールダウンの三本柱を目標に、新天地を探しているのである。

好きなことだけして食べていけたらいいなと長年思っているが、未だ叶わず、嫌なこともしなくてはならない。
音楽にしろ何にしろ、面白いことってのはそう簡単に金に結びつくものではない。
まして今は、インディペンデントなミュージシャンにとって冬の時代だ。
こんな不安な状況では、作る音楽も地に足が着かないフワフワしたものになってしまいそうだ。(浮遊感のあるコード進行はカッコいいが)

こんなこと言うと一部には反感も買おうが、僕は余裕が無い音楽は作りたくない。
そういう音楽をたくさん知っている。
4畳半のボロアパートのそのままのスケール感の、あまりに貧相な音楽。
生活に疲れ諦念に塗れた、本人が気付いていない無表情そのままの音楽。
何があったのか知らないが、ストレスや不平不満のために、音楽を生み出すこと自体を放棄している音楽。
好きな人もいるんだろうが、僕は嫌いだ。

もちろん、ギリギリの崖っぷちで生まれる音楽が時としてすごいエネルギーを持つことは知っている。
現代のポップミュージックのルーツであるブルースやジャズも、奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人たちが過酷な状況の中で生み出したものだ。
あるいは、80年代初頭のアメリカのゲイ・カルチャーにとって、週末のディスコだけが日常から逃れられる場所だったように。
ネガがポジに反転する瞬間だ。

だが彼らの音楽には、暗闇に差す一条の光のような希望があったのだと思う。
たぶん幸せなことに、日本に住むノーマルな僕の日常はそれほど暗闇ではない。
中途半端な明るさの中で、中途半端な光が差している。

あなたも似たようなものだろう。
そんな僕たちが、彼らに負けないエネルギーを持つものものを作り出すにはどうしたらいい?
決まっている。
本当に好きなことを、必死で守り続けるのだ。

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